漢文の基本的な形3　謂語（述語）+賓語（目的語）

最後に、例のキーワードをもういちど。

主語 + 謂語ゐご + 賓語ひんご

今囘はこの内、謂語と賓語についてまとめていきます。

日本語と逆。難しさうですね。

ですが、逆に言へば「ほぼ常に日本語と逆に捉へればいい」といふことです。

さう考へると、何となく簡單かんたんに思へてくるでせう？

謂語+賓語の謂賓構文は、そこそこ多い

賓語とは目的語のこと。つまり

• ～を。
• ～に。
• ～と。
• ～へ。

これらの助詞が含まれる日本語を漢譯かんやくする場合に「謂語 + 賓語」の形になるわけです。

「ヲニト」あつたら返る

日本では昔から漢文を讀よむ努力がなされてきました。

いはゆる「訓讀くんどく」といふやつです。

「鬼と（ヲニト）會あつたら返る」といふ格言が生まれました。

これは漢文を日本語として讀よむ場合、上で紹介した「～を。～に。～と。～へ。」が出てきたら返讀へんどくせよ、と言ふ意味です。

私たちが漢文を書く場合、このノウハウを逆手に取つて…

かう書けばよいのです。

賓語が 0 個の文

そもそも賓語のない自動詞の文

前囘の記事でも扱つた文です。

ホントはあるけど省略した文

この文は、項梁と項籍がとある人物を暗殺する場面で、彼らは事前に打ち合はせをしてゐました。

そして作戰さくせん開始のタイミングになつて、「（攻撃を）やれ！」と言つたのです。

「自」や「相」で賓語を疉みこんだ文

• 自暴自棄になる
• AさんとBさんは相思相愛だ

この自と相について考へてみませう。どちらとも日常でよく使ふと思ひます。

※暴…ここでは「傷つける・そこなふ」の意味。

• 自分が自分をそこなひ、自分が自分を無下にあつかふ。
• AさんがBさんを思ふと同時にまたBさんがAさんを思ふ。AさんがBさんを愛すると同時にまたBさんがAさんを愛する。

やたら長くなりましたが、かう解釋かいしやくすることができました。

自と相は文法的にかういふ働きがあるわけです。

• 自…「自分が」といふ主語と「自分を」と言ふ賓語が1つにまとまつたもの
• 相…「片方がもう片方を（そしてその逆も）」といふ主語賓語の文が1つにまとまつたもの

自殺、自失、相聞、相識…

みな賓語が疉たたみ込まれた文です。

賓語が 1 個の文

動詞の賓語として

最初の方で紹介した文ですね。

特に問題は無いと思ひます。

判斷動詞を伴ふ判斷文など

• 我日本人
• 我是日本人

この文は2つとも「私は日本人です」といふ判斷文はんだんぶんで、意味的にはどちらとも同じです。

見た目の違ひは「是」があるかどうか。これは中國語ちゆうごくご特有の表現です。

なんだか難しさうですが、一言で片付けると「是」は英語のbe動詞に相當する字です。

文法的に説明すると、前後2つの名詞がイコールであることを明示し、後ろの名詞を賓語化する働きがあります。

前後の名詞の部分は、必ずしも1つの名詞でなくても大丈夫で、名詞化された文でもOKです。

この働きを持つ字は「是」の他に「爲」があります。^{〈「是・爲」などの字は文獻によつて呼稱分類が異なります。たとへば三省堂『漢辞海』は動詞としてをり、加藤徹(2018), 『白文攻略 漢文法ひとり學び（第8刷）』は繋詞としてゐます。〉}

▼判斷文についての記事を書きました。

判斷文の書き方バリエーション。「A者B也」「A是B・A爲B」など

誤解を避けたい場合などに「是」などを使ふ

わざわざ餘計な字「是・爲」なんかを文に入れるのか。

次の例を見るとわかります。

• 我商

ここでは「私は商賣人しやうばいにんです」といふ意味で書いたつもりです。

しかしこれだと次のやうに、複數ふくすうの解釋かいしやくが生まれてしまひます

• 私は商賣しやうばいをします
• 私は商人です

「同じやうな意味だろ」と言はれればそれまでですが、折角だから意味を確定させたいですよね。

そんな經緯けいゐで生まれたのがこの語法です。

今度これらの文法について、1記事使つて研究してみたいと思ひます。

存現文

存現文とは「存在に關する文（存在文）と現象に關する文（現象文）」をまとめた言ひ方です。

前囘の記事でも出てきた文ですね。

「是・爲」と同じく日本語には無い用法なので、作文の際には氣きをつけなければなりません。

存現文についても、どこかで獨立どくりつした記事を建てて研究してみたいと思ひます。

ここでは輕かるく觸ふれるだけにしておきませう。

▼【追記】書きました。

存現文の書き方。「ある・ない」「多い・少ない」「雨が降る」など

存在に關する文　動詞「有」「無」がある文

さうですね。「庭に木がある」なのに「木有庭」の形にはならないのです。

「有」の否定形である「無」も同じく「庭無木」。

とりあへず「さういふものか」と思つておいてください。

存現文について、より詳しく知りたい場合は『存現文の書き方』の記事をご覽らんください。

自然現象に關する文　「下雨」「降雪」など

• 雨が降る
• 雪が降る

といつた天氣てんきに關くわんする文も、存在文と同じやうな構成になりやすいです。

つまり「降雨」「降雪」のやうな形のこと。

おそらく中國人ちゆうごくじんは雨が降ることを「雨といふ現象がこの空間に存在してゐる」と認識してゐるのでせう。

存現文について、より詳しく知りたい場合は『存現文の書き方』の記事をご覽らんください。

賓語が 2 個の文

賓語が 2 つある文のことを「雙賓文（双賓文）」といひます。

重要なのは、その賓語の順番です。

• 人物賓語が先、事物賓語が後
• 特に代詞は先に來やすい
• 直接的な賓語が先、間接的な賓語が後
• 間接的な賓語が先、直接的な賓語が後
• 「於・于」を間に入れることで、1つめの賓語と2つ目の賓語を區別する
• 「於・于」を間に入れることで、2つの賓語を入れ換へることができる
• 分脈から誤解の餘地がない場合は「於・于」がなくても、2つの賓語を入れ換へることができる

いろいろな文獻ぶんけんを讀よんだ上で、分かつてゐることをまとめました。

この賓語が2つある文は、なかなかいい感じに解説してくれてゐる文獻ぶんけんがないんですよね。

他の書籍・サイトではどう説明されてゐるか。

いくつか引用を交へて研究してみました。

haneta(2019)『これならわかるぜ！　ためぐち漢文・漢文の基本構造篇』では次のやうに説明されてゐます。

この形式は必ず次の語順になる。

[主語] + [述語] + [人物目的語] + [事物目的語]

上の式をこのサイト形式に改めると

[主語] + [謂語] + [人物賓語] + [事物賓語]

ですね。

加藤徹(2018)『白文攻略 漢文法ひとり學び（第8刷）』の31ページでもかう説明されてゐます。

動詞の後ろに、目的語が二種類、來る場合もある。例文（三）「與若茅」は「おまへたちに（間接目的語）トチの實を（直接目的語）與へる（動詞）」といふ意味である。

上の構成をこのサイト形式に改めると

[主語] + [謂語] + [間接賓語] + [直接賓語]

ですね。

加地伸行(2010)『漢文法基礎』117-118ページでは「だいたいにおいて、代名詞は前へ前へと來くる傾向があることを記憶しておいてくれたまへ」と説明してゐます。

また、植田眞理子(2016)『青蛙亭漢語塾・漢文入門』では次のやうに説明されてゐます。

1.堯讓舜天下　yáo ráng shùn tiānxià　堯舜に天下を讓る
[訳]堯(君主名)は舜(君主名)に天下を讓った。

（中略）

4.堯讓天下於舜　yáo ráng tiānxià yú shùn　堯天下を舜に讓る
[訳]堯(人名)は天下を舜(人名)に讓った。

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（中略）2つの目的語の順は入れ換へることもできます。たとへば1は4のやうに書き換へることができます。その場合「～に」にあたるはうには「於」などの介詞(=前置詞)を用ゐることが多いです。

と、まあこの記事の1見出しで全てを記述しきれないですね。（「於・于」などの介詞もあるし）

だから今囘は簡單かんたんな紹介にとどめて、また後日、獨立どくりつした記事で深堀りしようと思ひます。

動詞の種類による分類

授與動詞

• （AにBを）與あたへる（与へる）
• （AにBを）授ける
• （AにBを）賜ふ
• （AにBを）送る　遣る　贈る

こんな文を書きたいとき、雙賓文さうひんぶんが使へます。

▼實際じつさいの漢文を見てみませう。

教示・質問動詞

• （AにBを）教へる
• （AにBを）示す
• （AにBを）告げる

こんな文を書きたいとき、雙賓文さうひんぶんが使へます。

▼實際じつさいの漢文を見てみませう。

命名・定義動詞

• （AをBと）定義する
• （AをBと）いふ

こんな文を書きたいとき、雙賓文さうひんぶんが使へます。

▼このタイプの文は「謂」が壓倒的あつたうてきに多い印象です。

使動用法の動詞

• （AにBを）させる

こんな文を書きたいとき、雙賓文さうひんぶんが使へます。

この文の作り方は、普通の謂語+賓語の文に、使動させたい對象たいしやうをいれることです。

• 普通文：飮酒（酒を飮む）
• 使動用法：飮客酒（客に酒を飮ませる）

▼實際じつさいの漢文を見てみませう。

まとめ

主語 + 謂語ゐご + 賓語ひんご

今囘の記事で謂語と賓語の文についてまとめました。

漢文の基本形は全て終了です。

さてこれ以降は、いかにして文に變化へんくわをつけるか、といふところを研究していくことになります。

• 否定
• 疑問・反語
• 受身形
• 使役形
• 定語・状語などの修飾語
• 敬語表現

數かぞへたらきりがありませんが、暗記すべきところはそれほど多くありません。

作文する内に、おのづから覺おぼえられるレベルのことです。