判斷文の書き方バリエーション。「A者B也」「A是B・A爲B」など

先輩! 判斷文はんだんぶんについて、何か言ひ足りないことがあるんだつて?

後輩

先輩

それを今囘やるの

 

以前の記事で紹介した判斷文はんだんぶんですが、もう少し突つ込んだ内容を書かうと思ひます。

 

この記事は『漢文の基本的な形』シリーズの補足です。

別にこの記事だけでも大丈夫ですが、以下の記事を見てからだとより理解が深まるでせう。

 

判斷文とは

ズバリ「AはBである」の文です。

▼これらの記事で話題にしてゐました。

漢文の基本的な形2 主語+謂語(述語) 漢文の基本的な形3 謂語(述語)+賓語(目的語)

 

「AはBである」を意味する判斷文はんだんぶんは、だいたい以下の形式になります。

  • AB
  • AB也
  • A者B(也)
  • A也B
  • A是B(也)
  • A爲B(也)

 

何も付けないで書く

『春秋左氏傳・莊公』

〔漢〕桀紂罪人

※「桀」「紂」は、ともに人名。

 

〔日〕桀と紂は罪人である

最もシンプルな形、ABの文です。

といふ名詞がそのまま主語に、「罪人」といふ名詞がそのまま謂語になつてゐますね。

 

書く側としても、何も考へなくていいので樂です。

また簡潔を好むといふ漢文の美學びがくにも合ふので、人氣にんきの文型です。

 

誤解、誤讀のリスクあり

ですが、この文型には問題があります。

『春秋左氏傳・莊公』

〔漢〕桀紂罪人

 

〔日1〕桀と紂は罪人である

〔日2〕桀は紂の罪人である

〔日3〕桀と紂は人を罰する

※「罪」は「罰する」といふ意味の動詞にもなり得ます。

それはつまり誤解・誤讀ごどくされる可能性があるといふことです。

同じ漢文なのに、み方がぜんぜん違ふ!

後輩

 

『春秋左氏傳』では〔日1〕の文が正しいです。

〔日2〕は、桀と紂の關係性を間違つた例。

〔日3〕は、「罪」を動詞と勘違ひした例。

 

漢文を書くといふ行爲かうゐは、簡潔性の追求とリスク囘避くわいひとのせめぎ合ひであり、

だからこそ多くの場合、次に紹介するやうな文型で書かれることになります。

先輩

「誰がどう見ても誤解の餘地よちが無いだらう」と確信が持てるときだけ、このシンプルな形を使ひませう。

 

補助的な字を付けて書く

先輩

この内、「文末の『也』」と「助詞『者・也』」については、判斷はんだん文以外にも使へるので、あしからず。

文末に助詞「也」などを付ける

『孟子・公孫丑上』

〔漢〕聖人之於民亦類也。

※「亦」は、「~もまた(同じである)」を意味する副詞です。

 

〔日〕聖人の人民との對比はまた同類である

おそらく漢文ぢやなくても、この「也」の字は見たことあると思ひます。

「也」は語氣ごき助詞といつて、作者や發言者はつげんしやが抱いてゐる何らかの氣持きもちを表すための字です。

なんかザックリしてない?

後輩

先輩

理論的に説明しづらい概念だから、しゃーない。 語氣ごき助詞についてはまた今度ね

 

この「也」はとりあへず「一區切くぎり」の感覺かんかくで使つてみてください。

とにかく「也」で一區切くぎり。です。

これで文の句切れが分かりやすくなり、かつなんとなく斷定だんてい判斷はんだんしてる感が出ました。

 

しかしこれだけで十分でせうか?

いま「也」で區切つたのは文末だけです。

主語と謂語が直接繋がつてゐる點において、「桀紂罪人」の文と變はりはありません。

なので誤解・誤讀ごどくの可能性は依然として高いといふことになります。

 

聖人之於民亦類」の文は、主語にあたる部分「聖人之於民」と謂語「類也」との間に副詞「亦」があるので、まだ區切りの判別が付きやすいです。

しかし、さうでない場合は以下の處理しよりを施すことになります。

 

助詞「者・也」を付けて主語を明示する

『孟子・公孫丑上』

〔漢〕以徳行仁

 

〔日〕徳によつて仁政を行ふもの王である

この「者」は、直前の文や語句を問答無用で名詞句にしてしまふ働きがあります。

 

  • 孔子 + 者 = 孔子者
    孔子(名詞)→孔子といふ人物(名詞句)
  • 遠 + 者 = 遠者
    遠い(形容詞)→遠いもの(名詞句)
  • 以徳行仁 + 者 = 以徳行仁者
    徳によつて仁政を行ふ(動詞句) → 徳によつて仁政を行ふもの(名詞句)

1文字でも10文字以上でも、お構ひ無しです。直前の部分が名詞でもOK。

 

「者」によつて名詞化された句が主語になると、うまい具合に「ここまでが主語ですよ」といふマーカーのやうな效果が得られます。

これにより主語と謂語とが明確に區別くべつされた見た目になりました。

桀紂罪人」や「聖人之於民亦類」のやうに、切れ目を見失ふことは無いでせう。

 

先輩

この「者」は、別に主語限定といふわけぢやなくて、謂語にも賓語にも使へるよ。

 

【中級者向け】主語以外にも使へる

「者」の用法は全てを名詞化することなので、謂語や賓語にも使へます。

歐陽脩『爲君難論』

〔漢〕老於用兵

※ここでの「老」は、「~が上手い」といふ意味です。

 

〔日〕用兵に長けた人物である

謂語に「者」使用する例。

文末の助詞「也」と併用されてゐるので、この句が謂語であると判ります。

 

『宋書・孔覬列傳』

〔漢〕皆擇其陋

 

〔日〕みなその粗末なもの選んだ

賓語の例。

「者」をむき出しで使つてるので、もしかすると主語と見間違へる可能性あり。

この「者」は、慣れれば微妙なニュアンスの文も表現できます。

ただし次に紹介する「也」は、名詞化して謂語や賓語に用ゐることができないので注意です。

 

『論語・爲政』

〔漢〕不愚

※「囘」は人名。

 

〔日〕くわい愚かではない

※この文は判斷文ではなく、描寫文です。
「也」つて途中でも使へるんだ

後輩

句と句の間、主語と謂語との切れ目に「也」を插入して「者」と同じ使ひ方をするができます。

以外に思はれるかもしれませんが、必ずしも文末限定といふわけではありません。

 

  • 不愚
  • 不愚

どちらも意味としては同じです。

ただし「也」の方が「者」よりも何となく氣持ちが入つてる感があるので、氣持きもちが入つた文や會話調くわいわてうの文で使はれがちな印象です。

 

2つの組み合はせ「也者」と「者也」

『荀子・榮辱』

〔漢〕小人也者疾爲

※「小人」は「つまらぬ人物」といふ意味。「疾」は「力をつくして」といふ副詞。

 

〔日〕小人といふものは頑張つてくだらないことを行ふ

「也」が「者」と同じといふことは、つまりこんな使ひ方も可能。

もちろん「者」と同じく謂語や賓語にも使へます。

 

おそらくこの文の著者は、「小人」といふものをことさらに強調したかつたのでせう。

もしくは語呂を整へるために、あへて同じ意味の字を重ねたか、どちらかです。

先輩

「者也」とすると「~するものである」といふ謂語になるので注意

 

文末助詞「也」と併用可能

『易經・繋辭下』

〔漢〕變、通趣時者

 

〔日〕變化へんくわ・流通といふものは時代にしたがふものである

前半の「者」は「變化へんくわ・流通」といふ2つの名詞を改めて名詞化して、主語を成し、

後半の「者」は「時代にしたがふ」といふ動詞を名詞化して謂語としてゐる。

そして〆は文末の「也」

ここで紹介した「者・也」文のまとめみたいな文ですね。

 

この「~者,~也」の形はよく見かけるし、筆者もよく使ひます。

 

「者・也」文の否定形

だいたい「非」か「不」で大丈夫です。

陸機『演連珠』

〔漢〕翫空言者致治之機

※「囘」は人名。

 

〔日〕空虚な言葉を弄すのは治世を致すための本質ではない

判斷文はんだんぶんの場合、謂語は名詞や名詞化された句なので「非」で否定できます。

「非」は名詞を打ち消すための否定詞です。

 

『論語・爲政』

〔漢〕囘也

※「囘」は人名。

 

〔日〕囘は愚かではない

描寫文べうしやぶんなどは、動詞や形容詞が置かれがちなので「不」で否定できます。

「不」は動詞や形容詞を打ち消すための否定詞です。

 

『孟子・粱惠王上』

〔漢〕不爲者不能者之形何以異

※「與」は竝列「~と」を意味する言葉です。

 

〔日〕やらない事できない事のありさまはどのやうに區別するのか

「者・也」で名詞化される文の中身を否定する場合、中に入つてゐる文によつて否定の仕方はいろいろです。

否定については、そのうちどこかで記事を書きます。

 

判斷動詞「是・爲」を付ける

  • AB
  • A者B
  • AB

これまでに紹介した「AB」「A者B」とは違ひ、「AB」の文はBの部分が賓語化してゐます。

 

この違ひを説明すると、

「者・也」がAの部分をひとまとめにする助詞であるのにたいし、「是・爲」は「~である」と判斷はんだんするための動詞だからです。

多くのテキストで「是・爲」はだいたい英語のbe動詞に近い、と説明されてゐます。

 

この字はもともと「はい、さうです」といふ、肯定・同意を表す動詞です。

良いことを良いと認めわるいことをわるいとする)」といふ言葉がある通り、「非」とたいする字でもあります。

また「これ」を意味する指示代詞でもあります。

 

加藤徹(2018)『漢文ひとり學び』では「漢代以降『A是B=『Aは是れ人なり』といふ明晰な言ひ方が主流になる」とあり、ちやうど漢の時代から上の用法が擴張くわくちやうされて、使はれだしたと思はれます。

 

『論語・顏淵』

〔漢〕既欲其生,又欲其死也。

 

〔日〕人の生存を願つた上に、更に(憎しみのために)その死を願ふのは奇妙なことである

また『漢文ひとり學び』では「先秦時代の漢文では主語が長々しくなつた場合、直後に『こレ』を插入して主語を1つにくくつた」とあります。

おそらく最初の方は限定的な使ひ方に限られ、次第に使用できる範圍はんゐが増えていつたのでせう。

 

『三國志・張飛傳』

〔漢〕張益徳

※「身」は「わたし」を意味する代詞。

 

〔日〕私は張益徳である

そして後にはどんな場合でも主語を示すマーカーになつたといふわけです。

 

この字は本來ほんらい「~となる・~と見なす」といふ意味の動詞です。

 

「調和・平和を貴いものと見なす」といふ文は

十七條憲法

〔漢〕

 

〔日〕調和・平和については貴いものと見なす。(貴いものとする

と書くわけです。

「以A爲B」の文型については、また今度どこかで記事を書きませう。

 

この「~となる・~と見なす」の意味が擴張くわくちやうされてこのやうな書き方が生まれました。

『史記・呂后本紀』

〔漢〕將軍,而

※「若」は「お前」を意味する代詞。

 

〔日〕お前は將軍しやうぐんである、なのに軍權ぐんくゑん棄てようとしてゐる

 

 

その他の判斷動詞「實」「惟」「乃」

「是・爲」の他に、これらの字があります。

しかしほとんどが大昔にしか使はれなかつたり、方言的な使ひ方に限られてゐます。

古典をむならまだしも、今の私達が書く際には必要ないでせう。

 

助詞「者・也」と併用可能

『孟子・公孫丑下』

〔漢〕則干澤

 

〔日〕それはつまり利益を求めたといふことである

文末の助詞「也」との合はせ技。

 

『論語・爲政』

〔漢〕今之孝謂能養

 

〔日〕近頃の孝行とは養ふことができる事をいふのである

文中に「者」を入れ、さらに「是」をつける例。

 

わりと自由に書いていいんだね。

後輩

 

「是・爲」文の否定形

いづれも動詞なので、「不」で否定できます。

『説苑・君道』

〔漢〕禍福之至也。

 

〔日〕(河川から)災ひやめぐみが到來たうらいするのはではない

ちなみに「是」は「非」にたいする語なので、「我是日本人」を「我非日本人」と置き替へることができます。

 

『孟子・公孫丑下』

〔漢〕管仲且猶不可召,而況不爲管仲者乎!

〔漢〕不爲管仲者

※「管仲」は人名。

 

〔日〕管仲でさへ召し出せないのだから、まして管仲でないものなどなほさらであらう。

管仲でないもの

ゴチャゴチャした文なので、重要な部分だけき出しました。

地味に「者」によつて名詞化されてゐることにも注目。

否定については、そのうちどこかで記事を書きます。

 

まとめ

先輩、なんだか判斷文はんだんぶんが書けるやうになつたがするよ

後輩

先輩

後輩ちやんの場合、たぶん所爲せゐだらうけど、これで「AはBです」の文が書けるね

 

この記事では判斷文はんだんぶんについて書きました。

本文で紹介したいづれか1つ、もしくは複數ふくすうを組み合はせて「AはBです」文を書いていきませう。

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