存現文の書き方。「ある・ない」「多い・少ない」「雨が降る」など

先輩! 以前の記事後囘あとまはしにしたやつがあつたよね?

後輩

先輩

ぢやあ今囘こんくわいはそのうちの「存現文」について書きませうか

 

この存現文は、『漢文の基本的な形』の記事で話題に上げながらも、散々引つ張つたところです。

なので、今度こそ專用せんよう記事を建てて、研究していきます。

存現文とは「存在文」と「現象文」を合はせた言葉

「存現文」といふ言葉を知らなくても、「存在文」と「現象文」ならピンとくるはずです。

先輩

つまり存現文とは「存在にくわんする文(存在文)現象にくわんする文(現象文)」をまとめた文といふこと

 

【復習】「ヲニト あつたら返る」

漢文では日本語の助詞「を・に・と・へ」が出てくる文では、その部分の語順が逆になりやすいといふ大前提があります。

先輩とつたら…

後輩

先輩

だから行かないで(寂)

 

この話は『漢文の基本的な形』シリーズで何度か書いてきました。

 

以下に紹介する存現文では、この前提が通用しないわけです。

 

存在文

存在に關する文 動詞「有・無」がある文

『國語・呉語』

〔漢〕大難

 

〔日〕くに大難がある

『晋書・謝安傳』

〔漢〕了喜色

※「了」は、ここでは「まつたく」の意味。

 

〔日〕(彼に)まつたく喜んだ樣子やうすない

『春秋左氏傳・僖公』

〔漢〕

※「二」は、ここでは不忠の心(二心)の意味。

 

〔日〕(私に死ぬことはあつても不忠の心を抱くことはない

いくつか例をげましたが、すべて「ヲ・ニ・ト」の順番が普通と逆になつてゐるのがわかります。

全部逆かー。 書く時に間違へさう…

後輩

 

たしかに書くときは不安ですよね。

しかし發想はつさう轉換てんくわんすることで、間違へる可能性を減らすことができます。

以下のやうに解釋かいしやくしてみてはどうでせう?

  • ×:AB AにBがある
  • ×:AB AにBがない

↓   ↓   ↓

  • ○:AB AがBを有してゐる
  • ○:AB AがBを有してゐない
あっ! 「ヲニトつた返る」の語順になつてる!

後輩

先輩

これを武器にすれば、存現文はもう怖くないよ

 

「有・無」の後ろの賓語は長くてもよい

ちなみに、ここにおける「有・無」の賓語は、べつに1つの單語たんごでなくても大丈夫です。

『論語・學而』

〔漢〕朋自遠方來

※「朋」は「友」とほぼ同じ意味。「自」は「~から」といふ意味を表す介詞。

 

〔日〕友が遠方から來たといふ事實じじつある

※「(私は)遠方から友人が來たといふ事實じじつを有してゐる」と解釋かいしやく可能。
『韓愈・柳子厚墓誌銘』

〔漢〕且萬母子倶往理

※「且萬」は、ここでは「また決して」の意味。

 

〔日〕また決して母と子が共に(夫の赴任先に)行く道理はない

※「(私たちの社會しやくわいは)母と子が共に行く道理を有してゐない」と解釋かいしやく可能。

このやうに、1つの文や句をまとめて「有・無」でくくることも可能です。

 

「有・無」の否定形について

『春秋左氏傳・文公』

〔漢〕不有君子,其能國乎?

 

〔日〕賢者が居らずして、どうしてくにを治めることができようか?

「有」を否定する。つまり「ない」ことを書く場合は「無・不有」になります。

 

上の文は、以下のやうに書き替へることができます。

  • 不有君子」 「有」に否定の副詞「不」を付ける
  • 君子」 「有」の反對の意味の動詞「無」を付ける

つまり「有」の否定は2パターンあるわけです。

 

「不有」か「沒有」か

もし現代中國語ちゆうごくごを知つてゐる人が居れば、「沒有」といふ言ひまはしが浮かんだかもしれません。

「沒有」は、現代中國語ちゆうごくごの定番表現です。

 

筆者も「本當ほんたうに『不有』と書いて良いのだらうか? 『沒有』では駄目なのだらうか?」となやんだことがあります。

今の筆者の考へとしては、漢文(文言文)に「不有」の用例がある以上、「不有」で良いと思ひます。もしくは「無」。

先輩

近世など、現代に近い漢文(文言文)には「沒有」の表現があるかもしれないけど、今の筆者にはそこまで調べる餘力よりよくがありませんでした。

 

「有・無」を使ふ存在文と、「在・不在」を使ふ普通文

自作・改變漢文

〔漢〕兵權

 

〔日〕手中に軍事權がある

この文は下のやうに書き替へることができます。

『宋書・休範傳』

〔漢〕兵權

 

〔日〕軍事權ぐんじくゑん手中にある

主語と賓語の位置が逆になつてる!

後輩

つまり、「有・無」がある文は存在文で、「在・不在」の文は普通文といふことです。

 

この「有・無」と「在・不在」の關係くわんけいは次の通り。

  • 存在文:動詞は「有・無」を使ふ
  • 普通文:動詞は「在・不在」を使ふ

「有」と對應たいおうするのは「在」、「無」と對應たいおうするのは「不在」です。

 

存在文と普通文の使ひ分け

どちらの文を使ふかの決め手は「どの單語たんごを強調したいか」です。

  • 兵權」は、「私が掌握してゐるぞ」といふ部分。
  • 兵權」は、「軍事權ぐんじくゑんについて」といふ部分。

存在や所有について書く場合、そこのところを意識しませう。

 

モノの多い少ないに關する文 「多・少」などがある文 多少文

『新書・』

〔漢〕天下

 

〔日〕世の中には異變いへん多い

杜甫『茅屋爲秋風所破歌』

〔漢〕自經喪亂睡眠

 

〔日〕騷亂さうらんてから(私には睡眠することが少ない

 

「多・少」なども「有・無」と同じ發想はつさうになり、存在文的になります。

このタイプの文に名前が付けられてゐないので、ここでは便宜上「多少文」と名付けることにします。

 

  • 有:有してゐる
  • 無:有してゐない
  • 多:多めに有してゐる
  • 少:少なめに有してゐる
  • 稀:まれに有してゐる

この多少文も、上のやうに解釋かいしやくすれば、まつたく混亂こんらんせずに書くことが可能でせう。

「多・少」つて形容詞だけど、かうして見ると動詞つぽいね

後輩

先輩

もちろん元々は形容詞として使ふんだけど、多少文として「存在」にくわんすることを書くときだけは、存在動詞つぽいニュアンスが追加されるよ〈『漢辭海』の「漢文讀解の基礎・三、文を構成する基本構造」では、「『多・小・鮮・寡』などの形容詞も存在文に準じた文を作る。この場合、これらは動詞化してゐる」と解説されてゐます。〉

 

「多・少」の他に「すくないすくないすくないまれ」なども、多少文になります。

 

「多・少」の文なのに、語順が逆にならない場合の形

『世説新語・文學』

〔漢〕何以正善人惡人

 

〔日〕どうしていつも善人が少なく惡人が多いのか

逆になつてないやん!

後輩

つまり、上の文は多少文ではない、普通文といふことです。

 

多少文になる場合と、普通文になる場合

2つの觀點くわんてんから、それぞれの場合を分けることができます。

 

  • 多少文:「不特定の何か」についての文で、「多・少」は存在動詞になる。
  • 普通文:「特定のもの」についての文で、「多・少」は形容詞になる。

 

  • 多少文:存在文の「AがBを有してゐる」の語感を強調したい場合
  • 普通文:形容詞として「多い・少ない」をサラッと言ひたい場合

 

「不特定の何か」か「特定のそれ」か
『新書』

〔漢〕天下

 

〔日〕世の中には異變いへん多い

この文は多少文です。

ここでの「事」は異變いへん全般を言ふもので、べつに「いつ」「どこで」「何が」「どんな風に」といふ條件でうけんはありません。

 

司馬遷『史記・項羽本紀』

〔漢〕是何楚人之也!

※「之」は、補助的な字なので、特ににしなくて大丈夫です。

 

〔日〕これはなんと楚の人の多いことよ!

この文が書かれたシチュエーションは、「楚の王を名乘なのつてゐる項羽が、たたかひに負けて包圍はうゐされました。そして包圍はうゐしてゐる敵軍から楚の民謠みんえうが聞こえてきて、『兵士たちが私を見捨てて寢返ねがへつたのか?』と勘違ひするシーンです」

 

ここでの「多い」といふのは、ただ不特定の人ではなく、「楚の人・楚人」です。

更に言へば、「ただの楚人」でもなく、「自分を裏切つて敵對てきたいしてゐる楚人」、まさに「特定のもの」ですね。

なので普通文になります。

 

強調したい部分の違ひ
『後漢書・光武帝本紀上』

〔漢〕頃寃人

 

〔日〕ちかごろ牢獄に無實の罪人が多い

『世説新語・文學』

〔漢〕何以正善人惡人

 

〔日〕どうしていつも善人が少なく惡人が多いのか

上の文「寃人」、作者がこの文で強調したいのは、どちらかと言ふと「獄」の方ではないでせうか。

「寃罪はいつの時代、どこのくにでもありがちな事だけど、それにしても最近の我がくにの牢獄の状況は酷いよね」といふ意圖いとが感じられます。

 

下の文「善人惡人」話題に上がつてゐるのは世間一般における善人と惡人あくにんの比率についてで、べつに「いつ、どこで」といふ指定はありません。

強ひて言へば「世の中・天下」でせうけど、この分脈において、筆者はあまり重要ではないと判斷はんだんしたのでせう。

 

多少文か、普通文か
でも先輩。「不特定の何か」とか「特定のそれ」つてどう綫引せんびきしたらいいの?

後輩

先輩

それはね…もう氣分きぶん
  • この分脈での「楚人」は不特定だな 「多楚人」
  • この分脈での「楚人」は特定の集團しふだんとして扱はう 「楚人多」
  • 「楚人が居る」のはいいとして、「たくさん取りかこまれてゐる」ことの方が重要だ。「此多楚人」
  • 「楚人」を強調きやうてうしたいから「楚人多」にしよう 「楚人多」

このやうに、作者の匙加減でどんな形にでもできるのではないでせうか。

逆に言へば、語順をどうするか、多小文にするか普通文にするかによつて、作者の意圖いとを正確につたへられるのでせう。

 

現象文

自然現象に關する文 「雨や雪が降る」など

『焚書』

〔漢〕大三日。

※「雨」はこの場合「降る」といふ意味の動詞です。

 

〔日〕大いに雪が降ること三日。

『春秋左氏傳・昭公』

〔漢〕大

※「雨」はこの場合「降る」といふ意味の動詞です。

 

〔日〕大いに雹が降つた

 

この現象文は現代語でも「下雨」と表現されます。

 

どうして現象文がこの形になるのか。

日本人と中國人ちゆうごくじんが道端で雨に遭遇したとき、

  • 日本人「あっ、雨の水滴が落ちてきたぞ」
  • 中國人「あっ、雨といふ現象がこの空間に存在してゐるぞ」

おそらく兩者りやうしやは自然現象にたいして、それぞれかう認識してゐるんだと思ひます。

その認識につられて、現象文も存在文に似た形になつたのでせう。

 

現象文になり得る動詞は、まだたくさんあると思ひますが、〈『漢辭海』の「漢文讀解の基礎・三、文を構成する基本構造」では、「『開花』『降雨』『斷水』などの熟語もこの現象文に由來する」とあります。〉まだ多くは發見はつけんできてゐません。

現象文が出てくる頻度つて少ないんですよね。

 

「雨を降らせる」の文

ところで「雨を降らせる」みたいな文はどう書くの?

後輩

先輩

普通に現象文と同じ「降雨」の形だよ
『論衡・雷虚篇』

〔漢〕不悦不降

 

〔日〕天が喜ばなければ雨を降らさない

※この文は「天が喜ばなければ、雨が降らない」といふ、現象文の否定形ととらへることも可能です。

 

現象に關する文なのに、語順が逆にならない場合の形

『管子・度地』

〔漢〕降。

※「下」は、ここでは「降る」といふ意味の動詞。「降」は、ここでは「激しい」の形容詞。

 

〔日〕雨が降ること激しい。

逆になつてないやん!

後輩

つまり、上の文は現象文ではない、普通文といふことです。

 

「不特定の何か」か「特定のそれ」か

現象文と普通文の違ひは以下のとほり。

  • 現象文:不特定の自然現象
  • 普通文:特定の自然現象

上の方で出た「」の文。

これは「大いに雪が降つた」といふ事實じじつを述べたものであり、この文の筆者にとつてはその雪の雪質とか、降つた地域とか、季節外れかどうかなど、わりとどうでも良いことです。

 

たいして「」の文。前の文章を合はせて載せてみますと

『管子・度地』

〔漢〕管子曰:「春三月…(略)。

當夏三月…(略)。

當秋三月,山川百泉踊,雨下降,山水出,海路距,雨露屬,天地湊汐…。

當冬三月…(略)。」

 

〔日〕管子は言つた「春の三ヵ月は…(略)。

夏の三ヵ月においては…(略)。

秋の三ヵ月においては、山川のいろんな泉が湧きおこり、雨が降ること激しく、山の水は流れ出し、海路は阻害され、雨露は集まり、各地の港は大潮で、…。

冬の三ヵ月においては…(略)。」

春夏秋冬の季節の特徴についていろいろ説明してゐる文です。

ここで管子が言つた「雨」とは、季節を通して降る雨ではなく、特に秋の季節に降る激しい雨、秋雨のことを指してゐるのでせう。

不特定の雨ではなく、秋に降る特定の雨について言及してゐるので、「雨下降」と書かれたのだと思ひます。

 

現象文か、普通文か

でも先輩。「不特定の何か」とか「特定のそれ」つてどう綫引せんびきしたらいいの?

後輩

先輩

それはね…もう氣分きぶん

「春や秋に季節外れの雪が降つた」といふ現象でも

  • 北海道の人「まあ、よくあるよね…『降雪』と」
  • 九州の人「ここらでは冬でも降らないのに、季節外れの雪だ! 『雪降』!」

このやうに筆者の主觀的しゆくわんてき氣持きもちで書き方がはつてくることは、十分ありえることではないでせうか。

多少文のときと同じと考へて大丈夫だと思ひます。

 

まとめ

これで存在や天氣てんきについての文章が書けるやうになつた氣がするよ

後輩

先輩

後輩ちやんの場合、所爲せゐかもしれないけどね。

 

ともあれ、これで存在や所有、モノの多少や自然現象にくわんする文が書けるはずです。

よい漢文を書いていきませう。

 

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