漢文の付加的な形 定語と状語などの修飾語

先輩! もつと複雜ふくざつな漢文を書けないの?

後輩

先輩

定語や状語などの修飾語をおぼえると良いよ

漢文の基本シリーズでは[主語] + [謂語] + [賓語]の構文を書きました。

しかし、それだけでは微妙なニュアンスの違ひを表すことができません。

 

そこで今囘こんくわいは文章に別の意味を追加してくれる修飾語について書いていく事とします。

 

文章に意味を追加する修飾語

「定語・状語」新しい概念が出てきたんだけど……

後輩

先輩

言葉じたいは初めて見るかもしれないけど大丈夫。内容は以下のとほり、簡單かんたんだから安心して

 

  • 定語:日本語における連體れんたい修飾語のこと。名詞などを修飾する
  • 状語:日本語における連用修飾語のこと。用言(動詞・形容詞)を修飾する。

名詞のことを體言たいげんといひ、動詞や形容詞のことを用言といふことは、國語こくごの授業で習つたことでせう。

要するに定語・状語は、連體れんたい修飾語・連用修飾語を漢文法的に言ひ直しただけのこと。

 

書くときの注意事項としては、とにかく定語・状語は修飾される言葉の前に置くといふことだけ、おぼえておくと大丈夫です。

 

定語(連體修飾語)は、名詞や名詞句を修飾する

定語部 漢文 日本語
名詞 情、命、 人の感情、天の使命、國家こくか危機
代詞 國、所欲、 我がくに私の欲するもの、その
形容詞 山、雪、 高い山、白い雪、愚かな君子
數詞 人、 1人の人間、10000人の(多くの)
名詞句 平生所嬌
劗髮文身之
日ごろ可愛がつてゐた子供
髮を切り入れ墨を彫つてゐる民族

名詞や名詞句を修飾する定語がこちら。

 

一見多くて面倒さうですが、ほとんど日本語の感覺かんかくで理解できるところでせう。

ただし「所欲」のやうに修飾される部分が一字でなかつたり、「平生所嬌兒」「劗髮文身之民」のやうに定語自體じたいが1つの文になることもあります。

 

状語(連用修飾語)は、用言(動詞・形容詞)を修飾する

状語部 漢文 日本語
副詞・形容詞 去、欲、 みな去る、大いに欲する、言はない
時間の語 令、改、進、歩、今日 朝に命令する、夕方に改める、日に日に進歩する、月ごとに進歩す、今日見る
數詞 發、 百度發射する、三度思案する
場所・方位の語 征、 東に遠征する、上に通じる

用言(動詞・形容詞)を修飾するのがこちら。

この状語といふものは多くが副詞で、多くの辭書じしよでは副詞、もしくは副詞化した用法として紹介されてゐます。

先輩

定語も状語も、だいたい感覺かんかくで分かると思ひます。

 

定語

「どんな」 モノ

『列氏・黄帝』

〔漢〕倶

※「臺」は「台」のこと。

 

〔日〕ともに高いだい上る

いちばん簡單かんたんな形。普通に形容詞が付いただけの文です。

ちなみに「倶」は動詞「乘」にたいする状語です。

 

「だれの・何の」 モノ

『易經・旅』

〔漢〕不快

 

〔日〕私の心はたのしくない

『大學』

〔漢〕所親愛,而焉。

※「之」は特殊な用法で、「~にたいして」を意味する動詞です。

 

〔日〕人はその親愛するものにたいして偏愛する

「誰の」といふことで、多く代詞が定語として使はれてゐます。

だいたい所有や從屬じゆうぞく關係くわんけいのことを書くことができます。

 

▼代詞の關聯記事。

人稱代詞(人稱代名詞)について 指示代詞(指示代名詞)について

 

『新唐書・裴度列傳』

〔漢〕卓然天子

 

〔日〕ずばけて天子の意向に合致した

また役職等を表す一般名詞によつても同じことを記述することができます。

 

「どこの」 モノ

『史記・項羽本紀』

〔漢〕項籍下相也。

※「項籍」は人名。「下相」は地名。

 

〔日〕項籍は下相の人である

『説苑・臣術』

〔漢〕文候且置

※「文候」は人名。

 

〔日〕魏の文候は宰相を置かうとした

地名を定語にすることで、出身地や所屬地しよぞくちについて説明することができます。

日本人」「中國語」もこのタイプだね。

後輩

他にも「りんごく」「官」など位置や身分も表せます。

 

「どれだけの」 モノ

『書經・益稷』

〔漢〕作乂

※「作」は「やうやく・やつと」を表す副詞。「乂」は治まるといふ意味の動詞。

 

〔日〕ばんこくやうやく治まつた

ちなみに「」の「作」も、「乂」に對する状語です。

 

『易經・需』

〔漢〕有不速之客人來

 

〔日〕招いてゐない客がことあり。

「人」にたいしてかずの定語「三」が付いて「三人」。

ちなみにこの「三人」は、「來」にたいする状語にもなつてゐます。

また「不速之」も「客」にたいする定語と見なすことができますね。

 

定語に構造助詞「之」を付けて、誤解を減らす手法

いろいろな書籍より

〔漢〕夫子之言

 

〔日〕先生のお言葉

[名詞や名詞句の定語] + 之 + [名詞や名詞句]の文。

もし「夫子言」と書いてしまふと、「先生が言ふ」のやうに、ただの文だと誤解されるおそれがあります。

「夫子之言」とすることで、「夫子」は主語ではなく定語。「言」は動詞ではなく名詞だと正しくつたへるこができるでせう。

 

『春秋左氏傳・昭公廿四』

〔漢〕寡君[盟主]、是以

 

〔日〕我が君主は[盟主である]といふ理由によつて、そのために貴方を引き止めたのだ

込み入つた文ですが、これは[文章の定語]+ 之 + [名詞や名詞句]の文。

まづは餘計よけいな部分を引き剥がしませう。

 

自作・改變漢文

〔漢〕[爲盟主]

 

〔日〕[盟主である]といふ理由

[盟主]」の所が定語の部分で、定語部分「盟主」が1つの文になつてゐます。

なので「寡君以爲盟主故」のやうに、そのまま定語として使つてしまふと、文の構造が分かりづらく、讀者どくしや誤讀ごどくのおそれがあります。

つまり、その定語をそのまま定語として使ふと誤解される可能性があるときに、「之」をつけるといいんだね。

後輩

 

状語

「どう」 する

『春秋左氏傳・隱公』

〔漢〕戎師

 

〔日〕戎軍は大いに敗走した

『白居易・與元九書』

〔漢〕

〔日〕ひろ探し詳細に選び取る

主に副詞や副詞化した語によつて、動詞に意味を追加することができます。

 

一部の否定詞「不」など

『荀子・修身』

〔漢〕

 

〔日〕道は近くとも、進まなければたどり着かない

「不(~ず)」が副詞? 助動詞ぢやないの?

後輩

先輩

文化の違ひみたいなものだから、あきらめて

じつは「不」などの否定詞のいくつかは、漢文法では副詞に分類されてゐます。

辭書じしよなどを調べてゐて最初は混乱するかもしれませんが、慣れていきませう。

 

「いつ」 する

『荀子・勸學』

〔漢〕矣。

 

〔日〕私は以前つま先立つて遠くを眺めた

『漢書・食貨志上』

〔漢〕

 

〔日〕朝に命令して夕方に改める

時間を表す言葉も、副詞的に使ふことが可能です。

先輩

「今日」「年年歳歳」など、二文字以上の言葉でも大丈夫だよ。

 

「何囘」する

『孟子・告子章句下』

〔漢〕

 

〔日〕湯王に五囘仕へる

『左思・詠史詩』

〔漢〕七葉漢貂

※「葉」は時代を意味する名詞、つまり「七葉」は「七代」のこと。

 

〔日〕漢代の裝飾品を七代にわたつて冠に付けてゐた

」のやうに、數詞がそのまま付くこともあれば、「七葉」のやうに單位を表す量詞とともに状態となる例もあります。

先輩

囘・度」のやうに囘數を表したい場合は數詞そのまま、それ以外、つまり「人・代・何カ國」のやうな場合は量詞が付きやすいんだと思ひます。

 

文の後ろに付いて、補語になるパターン

『禮記・曲禮下』

〔漢〕三世。

〔日〕國を去ること三年。

なんか數字が後ろにきてるんだけど……。

後輩

先輩

この「三世」は状語ぢやなくて、補語になつてるパターンね。

文法的には別といふことですが、意味としては同じ、もしくは似たものです。

つまり「三世」としても、恐らく意味的には通るでせう。

 

この補語については、後日別の記事で書かうと思ひます。

 

定語と状語を組み合はせた複雜な文

いくつかの定語や状語を組み合はせることにより、以下のやうな複雜ふくざつな表現をすることもできます。

『史記・廉頗藺相如列傳』

〔漢〕和氏璧天下所共傳寶也。

 

〔日〕和氏の璧は天下の共につたへてきた寶物たからものである

問題の箇所は「所共傳寶」。

この部分がどういふ風に組み立てられてゐるのか、順を追つて見ていきませう。

STEP.1
基本の文「共傳」
何の變哲へんてつもない動詞「傳(伝)」に副詞「共」を付けてゐるだけの文。「ともにつたへた」の意味です。「共」は状語
STEP.2
名詞化「所共傳」
助詞「所」を付けて「所共傳」。これにより文を名詞化することができます。意味も「ともにつたへたもの」にはりました。
STEP.3
名詞に前置「所共傳寶」
さきほど名詞化した「所共傳」を名詞「寶」に付けて「所共傳寶」。つまり「所共傳」をまるごと定語にしたわけですね。これにより「ともにつたへてきた寶物たからもの」といふ意味を表現できました。
すごいゴチャゴチャした文が書けるやうになつた!

後輩

先輩

『漢文の基本』シリーズの範圍はんゐだけではこんな表現はできないよね

途中何食はぬかほで助詞「所」が出てゐましたが、これは後日別の記事でれようと思ひます。

 

ん? この文、他にも定語つぽいのがある?「天下」とか。

後輩

先輩

ああ、たぶんそれも定語よ。それと「和氏璧」も[定語] + [名詞]の形だね。

「天下寶也」と書いても意味が通るので、「天下」も「寶」を修飾する定語と見なすことができます。

 

この文の最も基本的な形がこちら

  • 璧,寶。
  • [璧は]、[寶]である。
  • [名詞] + [名詞]

 

これに色々修飾して

  • 和氏璧,天下所共傳寶也。
  • [和氏の][璧は]、[天下の][共に傳へてきた][寶]である。
  • [定語] + [名詞] ,[定語] + [定語] + [名詞]

かうなつたわけです。

 

まとめ

先輩、なんだか複雜ふくざつな文が漢文で書けるやうになつたがするよ!

後輩

先輩

後輩ちやんの場合、所爲せゐだと思ふけど、定語・状語を使ひこなせればかなり便利だよ

そんなわけで、定語と状語について書いてきました。

たくさんの語が定語・状語になつたり、あるいは定語・状語に修飾されたりしてゐます。

そこらへんは實際じつさいの漢文を意識してんでみると、よく氣付きづくことができるでせう。

 

他に、何らかの字を書き足して文に獨特のニュアンスを加へるものとしては以下のものがあります。

  • 助動詞
  • 介詞かいし(前置詞)
  • 連詞れんし接續詞せつぞくし
  • 語氣ごき助詞・構造助詞

これらの事も、そのうち記事で書いていくつもりなので、暫くお待ち下さい。

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